この先は決死のアドベンチャー(はい?)になったせいかあまり記憶にもないし、画像のGPSも飛びまくりなのだが、まあだいたいのところをレポートしようと思う。「間違えていたらごめんなさいてへっ♡」ではあるのだが、少なくともこのすぐ先で出会うかわいらしい神社までは、ほとんど危険は無いのでご安心いただきたい。(?)
まずは前記事、この広い道に出た3番目のT分岐までは戻らず、その手前から北側に向かう分岐に入ったところ。
この道に入った理由は、北側に山を下ることともう一つ、先ほどの三角点にまだ未練があって、裏側からアプローチできないものかと思ったことだが、残念ながら上記画像のように左側は崖になっていて無理。
その後、今度は山に入って2番目の分岐を左へ行った道に突き当たる。
山を下るには、これを右へ行けば良いのだが、いったん左へ入ってみる。
先ほどの道の左の崖上は農地になっていて、それを見通してみる。
角度的によくわからない画像であるが、多分左奥の薮々が三角点があると目した薮々(お伊勢山頂)の裏側で、もしかしたらこの農地側に三角点があるのではないかと思って撮ったのがこの画像であったかと思う。
残念ながら目視ではわからなかったし、この画像をざっと見た感じでも三角点はありそうもない。
中に入って薮々をのぞいて見ようかとも思ったが、作物が植わっていて、通り道であればずかずか入って行くなめこさんでもさすがにこの状況では遠慮した。
まあ良い。べ、別に三角点なんか(ここでツンデレいらない)
因みに、大変残念なことに2019.6現在、三角点探し隊〈リンク切れ〉の方々もこちらの三角点には達し得ていないようである。
振り返って右の道が先程のT分岐(T分岐ばっかだな)へ戻る方向だが、左のプチ登り坂の奥に何かある。
小さくてかわいい神社、というか祠である。
Google Mapにはちゃんと載っていて、事前にこの辺りに神社があるらしいことは知っていたが。
神天禄大社。
久里浜台の記事でちょっとだけ触れた榊神社大禄天神のまるでアナグラムみたいな名称だが、ここはその神社が元々あった旧社地である。その辺りの事情に関しては、一部は前々記事でもご紹介したが以下のページにその記述がある。
上記の各ページの記述により、この山をお伊勢山と呼ぶことがわかった。
そしてこちらの神天禄大社に関しては、以下のページがあった。
川間の集落があるのは現在の榊神社大禄天神、つまりこれから下る谷方向であるから、この先は旧社のかつての参道であったであろう道ということになる。
そして、ここからがアドベンチャーとなる。(何でだよ)
良い子はやカタギの方はまねをされない方が良い。(?)
良い子はやカタギの方はまねをされない方が良い。(?)
神社から戻り、右側の道を下る。
昔はこの道を通って参拝していたのであろう。切通状の道。
だが、どうもこの切通しの先は谷筋っぽく見える。尾根サーチャー(笑)としては、これは実に屈辱的だ。(笑)
ふと脇を見ると、右側の方が尾根っぽく見える。
道がついているかどうかよくわからないが、どうせ冬場である。歩くには問題あるまい。(そういう安直な判断が死を招きます)
例によってなめなんとかさんの人生のように道を外れて、こちらから下りてみよう。
道っぽいものが出てきたぞ。
これは倒木か?人為的な通せんぼか?
今さら引き返すつもりのないなめこさんは、気にせずにずかずか進む。(やめろーw)
こ、これは!?
竹林だが、両側がぐーんと落ち込んでいる、これは究極の尾根であるっ!(笑)
右側の崖、柵。
さらに究極の尾根!実に美しい。(んなこと言ってる場合か?)
またまた道なき道になりつつある様だが、この清々しいまでの細尾根をたどっていけば良いだろう。(大丈夫かよ?)
やっ!これは抜けられるのか???(さあ?)
笹薮を強行突破したら、何とか下に出られそうである。
柵に沿って、無事下界に帰還。
振り返ってみる。
2つ上の画像の右側、上の画像の左側のグリーンが尾根である。しまった!、尾根の末端の画像がないぞ。
申し訳ないがGoogle Street Viewでご勘弁いただきたい。
下界(住宅地)ぎりぎりまで尾根の末端が伸びている、実に美しい。(だったら画像撮っておけよ)
八景にも似たような物件(物件ゆーな)があるが、あれは下まで下りて来れない(地理院地図の下の追記参照)。こちらは末端までではないが、途中ぎりぎりまで辿ってから下れるという意味では大変貴重な物件である。(だから物件ゆーな)
ちなみに上のStreet View画像によれば、出口に向かって右側にあった木は、さらに切られてしまったようである。ご愁傷様。(笑)
追記(2022.1.18)
「八景の物件」とは、瀬戸神社尾根のこの部分のつもりで書いたのだが、実際にはここは京急の線路等で分断された尾根の途中である。本当の尾根の末端は瀬戸神社裏山のこの辺(あるいはもう少し先)になる。まあいずれにせよ、末端まで尾根を歩き通すことができないことには変わりはないが。。。
さらにちなみにだが、なめなんたらが人生を踏み外した(それはもういい)元々の切り通しの先の道は一体どうなっていたのであろう。神天禄大社からの山道は前述の通り明らかに川間からの参道であり、おそらくは今下ってきた道よりも、そちらの切り通しの方が本道であろように思える。
だが実際のところどこへ下ってくるのかは、机上ではよくわからない。地形図を参考にしてGoogleさんで比定すると、だいたいこの辺りに出てくることになるのだが。
この車庫っぽいものの奥になるであろうか。これは私有地的に大丈夫か?そもそも奥は崖になっているし、本当にここに出て来られるのであろうか?
今になって色々疑問が出てきたりするが、そんなことはつゆ知らない現地のなめこさんは(つゆ知らなすぎだぞwww)浦賀湾方向へ向かう。
海岸沿いの通り、海に向かって右正面のトンネルが川間隧道、その上の山が尾根のつづきである。
さすがは横須賀市、道路沿いにあった地図だが、決死で(笑)下ってきた道もちゃんと載っているぞ。(「西浦賀5丁目」の目の字から㉙と㉜の間を通る黄色い道)
燈明堂のある燈明崎もこの尾根の一つの先っちょであり、上の画像の右半分の高台はそこまでの尾根ということになる。
前記事で柵で通行止めになっていたところへ通じる坂が、トンネルの手前右方向にある。
後日(2019.3)見たらロープが張られ、通行止めになっていた。2年前にぷにぷにしたものがちょっとだけ侵入したせいであろうか?(あんた侵入したのかよ?)
何にせよこちら側もここから私有地ということなのであろう。尾根線は川間隧道の上であり、この道は作の手前(私有地部分)でちょっとだけ本尾根に乗っかるだけのものである。よってこの坂のことには触れずにおこう。どうしても気になる方は、この先の坂をぐいぐい上っていった団長さんのレポートがあるので、そちらをご参照されたい。(あ。また勝手に投げた)
そしてその先の尾根であるが、川間隧道の上は、順方向(西側)からのアクセスはその私有地を介するため不可能、逆方向からもお年寄りの養護施設がありそちらからのアプローチも難しいだろう。というかそもそも地形図をみるかぎりトンネルの上には道が無い。ここは遠目に見るなりして諦めるしかないであろう。
さらにその先はいよいよ千代ヶ崎ということになるが、そこはかつての砲台跡、なめこさんの天敵(笑)旧軍、防衛省絡みである。それも観音崎みたいに開放されている場所ではない。これは実に厄介くん、岡田くんである。(2019現在はなつのお兄ちゃんだぞ)
上記図で、尾根線を引くにあたっての先っちょとして、実際の千代ヶ崎ではなく、地形的、海岸線的な先っちょ(埋立地を含む)の方を採用していることを一応お断りしておく。その件については、次回(あるの?)あらためて言及する。
そのラインによれば、天敵防衛省の先はさらに、もしかしたらなめこさんが将来お世話になるかもしれない刑務所や、もしかしたらなめこさんが過去にお世話になったかもしれない少年院があり、仮に刑務所はクリアできたとしても(クリアすんなーっ!)お年頃のなめこさん(お年寄りの間違いです)が今後少年院内を探索することはほぼ不可能である。
ということで、本尾根に関しては、この川間という実に中途半端な場所(←失礼だろ!)で終了すべきであろう。お疲れ様でした。(え?終るの?)
そんなわけで、(西)叶神社にお参りして、
浦賀駅から帰宅。
残りの千代ヶ崎は永遠に封印することにする。(はぃ〜?)
第2回にはつづかない(つづけろよ!)